[十大学合同セミナー・AFPWAA WORKSHOP 2022]

課題「記憶に留めておく一枚の報道写真」

 

 「AFPWAA」 は十大学合同セミナーに協賛し、2018年度よりワークショップ を開催しています。

 ワークショップに参加した大学生は、課題に沿って報道写真を一枚選択して、日本語のタイトルと解説文をつけて作品を作ります。

 2022年度は青山学院大学名誉教授 羽場久美子先生に応募作品の選考をお願いしました。

 

[2022年度 総評]

羽場 久美子 (青山学院大学名誉教授、世界国際関係学会アジア太平洋会長)

 「一人の死は悲劇だが、集団の死は統計」(数字は諸説ある)とは、ドイツの親衛隊員、アドルフ・アイヒマンが言った言葉とされている。しかしこの間、起こっていることは一人の死にも、一万の死にも、数百万の難民にも、すべて一人一人に悲劇があり、かつそれぞれに複雑な背景があって、決して単純化してはならないということだ。

 衝撃的な事実があってもそれ一色に国際社会を染めてはならない。プロパガンダや感情に支配されてはならない。一つ一つの事実の背景を深く洞察し、多面的視点から分析していくこそが、国際政治・国際関係を学ぶ・考える人たちに課せられた課題なのではないだろうか。

 今年はAFPの写真と学生さんの講評に、紛争、特にロシア・ウクライナ戦争に関するものが圧倒的に多く、2年間のコロナの写真を凌いで、紛争と難民と死がコロナ禍を脇に押しやった感がある。加えて2月から4月、ロシア批判一色であった論調が最近、「なぜアフガニスタン侵攻、シリアやパレスチナ、ミャンマーは語られないのか」、という米欧中心の視点に対する多面的な批判や疑問に発展していることも見逃せない。

 AFPの映像も皆さんのコメントも、そうした多面的思考の深遠さにも言及しており、優れたものが多く、さすがと敬服した。

 その結果、ウクライナ一色に染まらず、国際社会の矛盾を多面的かつ深くとらえた写真とコメントを選ばせて頂いた。

 皆さんも大学で国際関係を学ぶ中で、いかに一般に言われていることの背後にある現実を深く分析検討していくか、いわゆる日々の報道のステレオタイプとは異なる発想を紡ぎ出していけるか、に尽力していただきたい。

 年を追ってレベルが高くなっていくようで、今回もAFPのシャープな現実を切り取る優れた映像と、学生さんの優れた多面的な分析と思考に感動しつつ選考させて頂きました。

 

最優秀賞「忘れてはいけないもの」

 忘れてはいけないもの

Yuriy Dyachyshyn / AFP

[写真を選んだ理由]

ショックのあまり墓を見つめながら放心する1人の男性。この写真はロシアのウクライナ侵攻中に亡くなったウクライナの軍人の葬式の様子である。大切な人を失った悲しみ、終わりの見えない戦争への絶望感、この男性の表情には戦争に苦しむ人々の感情が全て詰め込まれている。あと何千の、何万の屍を築けば夜明けが見えるのだろうか。今までの日常はいつになったら取り戻せるのか。この争いが起こった以上、国民の生活を守る為にも両国は決して負けることができない。しかし亡くなった人々には、一人一人友人や家族など大切な人がいる。人の命は尊いものであることを忘れてはならない。

[早稲田大学 吉田菜那]

[講評] 羽場久美子

 ウクライナ西部のリヴィウで、ロシアのウクライナ侵攻時に殺された、Oleh Skybykの葬儀の前で茫然自失となり悲しむ友人や親せきたち。AFPが名前をあえて記入しているのはそこで起こっている「一人の悲劇の死」を記憶にとどめるため。

 吉田さんもこうした一人の死、に目を止めそれを忘れてはいけないと訴える。そしてその背景と、それを止めるためにはどうすべきかを考え続けようとする。忘れないということは、繰り返し停戦が提案されながら覆されていく国際政治の矛盾に対する抗議でもある。次は東アジア・中国での戦争が囁かれているとき、武装軍拡ではなく、第2次世界大戦後に誓った敵対国との対話と和解こそが平和の原点である、ということに思いを注ぐ人が少なすぎる。

 憎しみや戦争継続は世界に紛争を拡大する。「愚者は経験に学ぶ、賢者は歴史に学ぶ。」我々は、目の前で起こっている事実に振り回されるだけでなく、その背後に何があってこうなったか、どうすればこの悲劇を解決できるか、を考え続けなければならない。

 

優秀賞「世代を超えたゴミ回収」

 世代を超えたゴミ回収

Delil souleiman / AFP

[写真を選んだ理由]

 キャンプに避難を余儀なくされたシリア人の多くは、難民キャンプの向かいにあるごみ捨て場からプラスチックや金属片を拾って売り、生活している。この写真から、大人だけでなくまだ幼い子どもも、ゴミ回収を手伝わないといけない状況にあることが分かる。

 親から子ども、そして孫の世代まで難民のまま過ごす人も少なくなく、難民キャンプで生まれ難民キャンプで一生を終える人もいる現状を忘れてはならないと考える。世代が変わっても難民から抜け出せない原因の一つに教育の不十分さが挙げられる。難民キャンプで十分に教育が受けられなければ、その生活から脱却することも難しいだろう。教育を受ける権利は誰にでも保障されるべきものであり、子どもの難民への教育が不十分である現状を私たちは心にとどめておく必要があると考える。(ペンネーム:藤の花)

[東京女子大学]

[講評] 羽場久美子

 こちらも、グローバルな問題を重ね合わせた優れた写真と論評だ。ゴミの山からまっすぐにこちらを眺めている子供は、近くの難民キャンプからまだ年端も行かないのにゴミから生活できるものを拾いあさっている。シリアを空爆して彼らを難民にしているのは強国・先進国や政府、難民キャンプのわきに多大なゴミの山を作っているのもマクロに見れば先進国のゴミである。1億を超える難民、7億の貧困者、その半分が子供たち…。

 先進国の私たちは、こうした状況に、私たち自身も責任を負っていること、どうすれば持続的な教育と平和、発展を保証できるのかを、考えていかなければならない。

 

佳作「ボートでイギリスに入国しようとして下船させられる難民」

 ボートでイギリスに

Daniel LEAL / AFP

[写真を選んだ理由]

 2021年、イギリスにボートで渡った難民を、政府は違法であるとして追い返す措置をとった。難民を危険のある母国へ強制送還するのは人道的でなく、難民保護の原則にも反している。強硬な手段をとることは望ましくなく、難民たちは命の危機にさらされた。

 また、この事象はベトナム戦争などで発生したボートピープルを連想させる。当時のように、海上の治安が悪化することも考えられる。これはイギリスだけでなく、世界の問題だと考えられる。

[早稲田大学 加藤優音]

[講評] 羽場久美子

 世界の難民は、一億人を突破したと言われる。ウクライナからの難民は600万人を超えるが、これまでも世界最大の難民はシリア、そしてアフガニスタンなど中東の国々からの難民だ。ウクライナ難民は積極的に受け入れる欧州の人々も、この写真のように、有色(カラード)の難民に対しては未だきわめて冷たいし、ウクライナの西部国境でさえ、ロマや有色人種の難民の受け入れは拒否されている。この世界には「難民」といえども見えない2重基準が存在する。そうした問題意識を鋭く感じさせる写真選択と、コメントである。つい何か月前まで、ベラルーシからの難民を追い払っていたポーランドの東側国境の問題とも重なる。国際政治の諸事象は、マイノリティとマジョリティ、正義と不正義、公正と差別などを、ひだのように重ねながら存在している。それを鋭く問い返した写真とコメントである。

 

佳作「ウクライナから3000㎞ 離れた戦場」

 ウクライナから

MOHAMMED ABED / AFP

[写真を選んだ理由]

 ロシア軍がウクライナ侵攻を開始してから約2ヶ月。廃墟となったマリウポリやブチャでの虐殺などを始めとする悲惨なニュースがテレビなどによって報じられる度に、私を含め多くの人々が一刻も早い戦争の終結と平和の実現を祈っていると思う。しかし、こうしたウクライナでの悲劇がメディアで大きく取り上げられる一方、イスラエル・パレスチナの紛争やシリア内戦を始めとした現在も続いている地域紛争は殆ど報道されることがなく、問題だという声も現在のウクライナ危機に比べれば遥かに小さい。この写真は、ウクライナから約3000km離れたパレスチナのガザ地区で撮影されたものである。もし仮にこの写真がキエフの中心部で今日撮影された写真だったならば、この写真に対する反応も注目のされ方も全然違うものになっていただろう。世界では、ウクライナの他にも多くの国で内戦や戦争が起こっている。ウクライナ危機はもちろん、他の国で起こっている紛争に対しても問題意識と関心を持ち、ウクライナ危機と同様に声を上げていく事が今こそ大切だと私は思う。

[明治大学 白石實久]

[講評] 羽場久美子

 連日のニュースで、ウクライナが朝から晩まで報じられ続ける一方、それを上回る長期戦が、イスラエル・パレスチナ、シリア、中東で続いていること、世界では多くの国で、建物や町ががれきになり多大な難民を出している写真に目を止めた白石君。

 ウクライナのすぐ南で数十年も続いているパレスチナやシリアの戦争に目をつむり続けることはフェアではないであろう。世界にアンテナを張り続けること、自分の問題として、パレスチナや中東にも温かい目を向けることが重要と思わせる作品である。

 

佳作「ミャンマー問題を風化させない」

 ミャンマー問題

Money SHARMA / AFP

[写真を選んだ理由]

 こちらは抵抗のサインをするミャンマー市民の写真です。ミャンマーでは昨年の2月に国軍によるクーデターが発生しました。影響は一般市民の生活にもおよび、国軍の弾圧によって多くの市民が命を落としました。ミャンマークーデターは民主主義を揺るがす問題というだけでなく、人道的な視点からも批判され、日本でも大きな注目を集めました。しかし事態が大きな進展をしなくなると、世間の注目は新たなニュース、米中対立やアフガニスタン情勢、ウクライナ問題へと移っていきました。現在、日本のメディアで扱われることはほとんどありません。果たして今どれだけの人がミャンマーに注目しているでしょうか。この写真自体が何かのメッセージ性を持つのかは分かりませんが、私たちは世の中に伝えられる情報をただ消費するだけで終わっていないか。メディアが報道しなければ忘れてもいいのか。改めて考えるために、今ミャンマー情勢に関するこの写真を選びました。(ペンネーム:いとまきえい)

[早稲田大学]

[講評] 羽場久美子

 昨年の2月に起こった、ミャンマー国軍のクーデター。軍事政権は強力で、この6月末には、国民の人気の高いスーチー女史を刑務所に移送することとなった。非合理は世界中で続けられている。その一つ一つに心を砕くことはつらいことである。

 2022年2月にデリーで行われた抗議行動に参加した薔薇の花を持ち、指を3本掲げた女性。抵抗、不服従、解放を無言で訴える。報じられることが少なくなったが、抵抗運動が今も継続していることを忘れてはならない。しっかりと心に留めようとしてこの写真を選び、決意を語った姿勢と言葉を評価したい。