THOMAS KIENZLE / AFP
課題「記憶に留めておく一枚の報道写真」
「AFPWAA」 は十大学合同セミナーに協賛し、2018年度よりワークショップ を開催しています。
ワークショップに参加した大学生は、課題に沿って報道写真を一枚選択して、日本語のタイトルと解説文をつけて作品を作ります。
2021年度は青山学院大学国際政治経済学部教授 羽場久美子先生に応募作品の選考をお願いしました。
[2021年度 総評]
審査員 青山学院大学国際政治経済学部教授 羽場久美子
(世界国際関係学会(ISA)アジア太平洋、副会長。グローバル国際関係研究所所長。京都大学客員教授)
2021年の124点も、心を揺さぶられる優れた映像の写真と、皆さんの優れた感受性が一つ一つのことばに凝縮している、大変心を動かされるものばかりでした。124点の中から、50点ほどほぼ半分近くの優秀作品をピックアップし、そこからさらに25点に絞り、あとはなかなか選別しきることができず、深い洞察力を持った写真とコメントの一つ一つに見入っておりました。結局最後の優秀賞・佳作賞6点に絞るまでに多大な時間と決断力を要しました。
まずは全ての皆さんに、素晴らしい感性で、AFPの優れた写真を選び、かつ感動的なコメントを付けてくれたことに心より感謝します。入らなかった方々の写真とコメントにも、心から感銘を受け、手放し難かったことを申し添えておきます。
今回の写真選択の特徴、特に優秀作品のテーマは、1)ミャンマー軍クーデターへの民衆の多様な抵抗や戦い、2)コロナ・パンデミックの世界的広がりと膨大な犠牲者、その中での心温まるふれあい、3)コロナ禍の死の恐怖が差別や地域紛争の広がりを引き起こし、子供や若者たちへの犠牲が拡大、4)ジョージ・フロイドさん殺害1周年を迎えたBLM(黒人の命も大切)運動、「誰も取り残さない」ことの重要性、5)人間の地球環境汚染が生態系を崩し、動植物にも大いなる影響を与えていること。など多彩でした。
またどのコメントにも、皆さんの国際社会に対する深い透徹した感性や思いが感じられ、さすが国際政治を学ぶ学生さんたち、と敬服しました。皆さんの分析を通して、2020~2021年の国際諸相と、思いやりや人のつながりの大切さを学ばせて頂きました。国際政治の分析力と人のぬくもりという感性を持った、素晴らしい作品コメントをありがとうございました。
優秀賞、佳作もその中から、厳しい現実の中にも未来の展望と愛情を確信させるような作品を選ばせて頂きました。皆様の洞察力に心より感銘を受けております。
(2021年6月12日 記)
【十大学合同セミナー受賞作品】
優秀賞としては、今回次の2点を選ばせて頂いた。
いずれも厳しい国際政治の現実から未来を創る転機を静かに見出そうとする温かい視点があり、どちらの優秀賞からも深い感銘を受けました。ありがとう。
優秀賞「静かなデモ」
これはミャンマーで起きた軍事クーデターに反対するデモに関する報道写真である。この写真をパッと見た時、夜中に多くのろうそくが灯るきれいな光景に見えた。しかしこれはデモの一部であり、日中には多くの人々がデモの弾圧により亡くなられている。このクーデターは総選挙を機に始まったものであり、デモ活動は今もなお続いている。そんな中で、この写真に写っている彼らのように武力で訴え返すのではなく、ただ行動で示すということに心打たれた。
相手の意思を曲げるための暴力はなくなるべきだとして、この一枚を記憶に留めておきたい。(ペンネーム:ももも)
[東洋英和女学院大学]
[講評] 羽場久美子(青山学院大学国際政治経済学部教授)
ミャンマーの軍事クーデターに対して、若者や市民たちがろうそくを掲げ、静かに抵抗と連帯を示してデモ行進している。自分たちこそが平和な未来を作るのだという確信と温かさを感じさせる写真である。実際には軍の弾圧があり、多くの若者が銃弾や攻撃に倒れた。
それでも暗闇の中で光を掲げ、画面一杯、奥まで広がり静かに光を掲げて行進する若者の眼は未来に向かって輝いている。それを熱く見守り暴力を否定する評者の視点が素晴らしい。
優秀賞「燃える命の炎」
私は、この写真を初めて見た時以前広島や長崎で語り部さんに聞いた原爆直後の情景を目の当たりにしたような妙な既視感に襲われた。2021年5月11日時点でのインド国内での累計死者数は24万9992人にも上り、新型コロナウイルスの脅威は留まるところを知らない。そうした異常事態により国内は混乱に陥り、今現在も通常時なら救うことが出来たはずの多くの命の灯達がその数の多さからまともな弔いを受けることもなく炎と共に消えていっている。
必要のない多くの犠牲・遺体の多さからまともな弔いが出来ず広場での火葬しかできないという異常事態など広島長崎の原爆を想起させるような状況が現在のインドにはある。
この写真は、そうしたインドと日本の共通点を言葉を伴わずとも明らかにしてしまう強いメッセージ性があり、もっと多くの日本人の目に留まり人々がインドの問題と向き合うべきだと考えたため今回選ばせていただいた。(ペンネーム:M)
[東京女子大学]
[講評] 羽場久美子(青山学院大学国際政治経済学部教授)
美しい光と見える炎はコロナの死者を焼く火葬の炎だ。インド国内ではコロナ変異株と医療体制の崩壊によって大量の死者が出、あっという間に死者は36万人を超えた。コロナの死者は、アメリカでは61万人、世界では380万人に至っている。実はインドのコロナ犠牲者については、「止まらない犠牲」、死者の一斉火葬と嘆く家族の凄まじい写真も素晴らしく、最後まで迷った。が、最終的に、20万、30万人に及ぶ死者を燃す炎を、広島・長崎の原爆と重ね、火葬の弔いから未来の平和を構築しようと望む「燃える命の炎」を選ばせて頂いた。
佳作「若き墓堀り人」
世界中でコロナウイルスの感染が拡大し、多くの人々が亡くなった。医療従事者の多忙さは日々のニュースから把握することができるが、仕事が増えたのは医療従事者だけではないということを忘れてはいけない。その一例として亡くなった人々の葬儀、埋葬のために仕事が増えた葬儀屋や墓掘り人がいる。
この写真が撮影されたイエメンでは墓の需要についていけず、写真奥にあるブルドーザーを借りて墓を掘っている。また、写真の少年は自分と同じくらい大きなシャベルを使いその作業を手伝っている。この少年がマスクや手袋をしておらず、亡くなった人のために墓を掘る人もまた感染の危機にあるということがわかり、コロナウイルス感染拡大の恐ろしさが伝わってくるため記憶に留めておく一枚だと思いこの写真を選んだ。(ペンネーム:グリーンティー)
[お茶の水女子大学]
[講評] 羽場久美子(青山学院大学国際政治経済学部教授)
イエメンのコロナウイルスの広がりと死者の増大に、死者の葬儀と埋葬が間に合わず、ブルドーザで墓を掘っている。その脇で年端も行かない少年が自分よりも大きなシャベルで墓を堀る。やるせない写真であると共に、「僕が頑張って未来を担う!まかせて!」という気迫も伝わってくる。
未来を見据えた写真であり、記憶に留めたいとする評者の眼差しも温かい。
佳作「一人の死を無駄にしないために」
私が選んだ1枚は2020年にアメリカ・ミネソタ州で白人警官に首を圧迫されて黒人男性のジョージフロイドさんが亡くなった事件の裁判で殺害した元警官が有罪判決を受け、喜びを見せる人々の写真だ。この事件はアメリカに留まらず、世界中に大きな影響を与えた。
私は当時昔に比べたら差別がかなり減ったと勝手に思っていたが、この事件でずっと差別で苦しんでいる人が依然として多くいるという事実を認識した。そして海外に住む友達もみなSNSでハッシュタグをつけて抗議をしていて自分も差別について考えなくてはならないと感じた。
また2014~2019年まで警察による死亡事件で無罪になった割合が99%だったため今回有罪になったという事実は大きな意味があると感じる。様々な人の思い、そして行動によってなされた結果だ。世界のあらゆる分野に影響を与えたこの事件が裁判により一旦終わった。
しかし差別という大きな問題が終わったわけでは決してない。我々はこの問題を忘れることなく一生付き合っていかなくてはならない強く感じたので、この1枚を選んだ。
[法政大学 渡辺 光我]
[講評] 羽場久美子(青山学院大学国際政治経済学部教授)
昨年この講評でも触れた黒人フロイドさんの死から5月末で1周年である。この1年間BLM(黒人の命も大切)運動が全米から世界に広がり、これまで黒人を警察が殺しても99%無罪であった状況を大きく変えていった。
アメリカ多民族社会の根幹を揺るがし、コロナ禍でアジア人への暴力が広がる中、黒人・アジア人・ヒスパニックが安全に生きられる社会の構築がアメリカおよび世界で求められよう。評者の差別への鋭い視点もとても良い。
佳作「コロナ禍での愛」
この写真を選んだ理由は、コロナ禍において忘れかけていたコミュニケーションの重要性を再確認できたからである。新型コロナウィルスは、自粛期間などを経て、私たちのコミュニケーションの希薄にした。しかし、むしろ人々の暖かさを再確認させた時期であったと私は考える。
ポストコロナにおいて今一度人々が愛を持って触れ合えるようになればいいという願いをこめている写真だと思う。
[立教大学 岩田 香乃]
[講評] 羽場久美子(青山学院大学国際政治経済学部教授)
イタリア、ヴェネツィアに近い老人ホームの「ハグルーム」で、年老いた母と娘が額を寄せ合って涙している。コロナで直接抱きしめることはできないが、やわらかいプラスチックスクリーンを通してお互いの愛とぬくもりを感じることができる。心温まる作品である。
他に結婚カップルの愛情写真へのコメントもいくつかあり迷ったが、特にコロナ禍に怯え死を前にした年老いた母娘の深い愛情と生への哲学性さえ感じさせられるこの写真を選んだ。
評者の温かい目線も素晴らしい。「忘れかけていたコミュニケーションの重要性」、「コロナは人々の温かさを再確認させた。」コロナ後、「今一度人々が愛をもって触れ合えるようになればいい」。1年間の自粛を超えて触れ合いを求める人々の要求を、愛に包んで評価した素敵なコメントに感銘を受けた。
今年も、素晴らしい写真と、国際政治の学生さんらしい、鋭い分析とあたたかい視点を持ったコメントを堪能させて頂きました。選ばれなかった多くの写真も、すべて合格点を上げたいほどの素晴らしいコメントでした。
ありがとうございました。